ウツタビの自己紹介
うつ病になって一人旅をするアラフォー
はじめまして、うつ病になったことをきっかけに離島をメインに旅をしているウツタビです。これからうつ病のこと、一人旅のこと、仕事のことなど、妻以外には正直いえないことを本音で書いていきたいと思います。
自己紹介
1984年生まれのアラフォーです。九州の田舎に妻と子ども4人の6人家族で楽しく生活しています。仕事は金融関係の零細企業を経営しています。従業員さんから心配されるうつ病社長です。副業は太陽光発電を関東で2基運転しています。趣味は車、旅行、観葉植物、椅子の収集、ボールペン収集です。どうも収集癖があるようです。
病気のきっかけ
うつ病になった大きなきっかけがあるかというと、ありません。多分積もり積もったものだと思います。ウツ仲間と話すのですが、コップの水が溢れるのと同じ感覚です。日頃のストレスが積み重なって、最後の一滴がきっかけで溢れてしまった感覚です。そう言いながらも、大きな出来事はありました。
妻が末期がん、そして余命宣告を受ける
2021年4月に妻がステージ4乳がんのトリプルネガティブ、遠隔転移あり、末期がんで余命1年と宣告されました。これはかなりのストレスでした。ストレスというより、ショックすぎて受け止めることができませんでした。私は妻が大好きで依存度高めな男です。妻がこの世からいなくなるなんて絶対に受け止められません。そして子どもも4人います。うつ病になるまで休みなし朝から日をまたいで働きまくっていた私は子どもとも距離がありました。今思うと微妙な距離感がありました。私が一人で子どもを育てるなんて無理です。多分、今まで生きていきた中で一番辛かった出来事かなと思います。ちなみに、妻は奇跡的に癌が消滅。現在も元気に暮らしています。
妻のガンが発覚して2ヶ月後に新規出店
ガンが見つかって余命宣告された時、2ヶ月後にショッピングセンターに出店するために準備をしている途中でした。全てが嫌になっている時でしたが、お店の内装はほぼ出来上がってましたし、契約のしていたので、出店取りやめなどできません。そしてその1年後のもう1店の出店も決まっている状況です。妻との残された時間を楽しむことも大切にしながらがむしゃらに働きました。治療を稼がなければいけません。がん保険には加入していましたが、治療初月から請求は高額療養費を使っても30万超え。分かってはいたものの、ひるみます(笑)とにかく働いた2年間でした。
ふと立ち止まると動けなくなってしまった
妻のガンが全て消滅(完全奏効)と診断され、出店終わり、一息つくことができました。ふと一息ついた時、お客様といざこざがありました。それがコップに入る最後の一滴だったのでしょう。水があふれ出して、うつ病発症になりました。致命的な問題ではなかったのですが、うつ病発症のきっかけになったようです。感覚としては、「マラソンでずっと走っていて、疲れたから一度立ち止まった。そしたらもう動けなくなった」という感覚です。
うつ病になって分かったこと
なってすぐは全てが嫌になった、自分がうつ病になる訳がない、辛すぎる。こんな感じでした。ある程度落ち着いてきて感じたこと、それは周りの人への感謝でした。全てを受け止めてくれる家族、私がいないからと頑張ってくれる従業員のみんな、助けてくれる仲間たちの存在です。今まで傲慢だったかな?と思うようになりました。あと、色々なことを諦めれるようになりました。全てのことを自分でどうにかしようと思っていたようです。生きていくのが少し楽になりました。
これからどう生きていくか
症状は落ち着きましたが、前のようにバリバリ働くは無理です。普段から調子に波があります。少し無理をすると、数日動けなくなります。会社員として働くのは難しいよなーと思ったり。次大きな症状が出たらどうしようと考えてしまいます。また、周りからすると治ったように見られます。外傷がないので、病気としてはすごくわかりにくいです。このブログでは、相手に直接いえない本音を書いて私がスッキリしたいし、近い人にうつ病の人がいて、どんなことを考えているか分からない人の助けになればと思います。少しずつ更新していきますので、よろしくお願いします。



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